クリスマスの秘密

KOTARO.Y.(大4)

 これは、誰もが通りいつかはバレてしまう小さな嘘を必死に叶えようと大人たちが起こした、奇跡の物語。

 「そろそろ寝る時間だよ~」
「パパ寝る前にこれ読んで」 
そう言って娘が渡してきたのは、サンタクロースの絵本。
薄暗がりのベッドで横になりながら、本を読んでいると娘の向こう側に妻が来た。
寝る前のこの時間はきっと家族全員かなり好きだ。絵本を読み終えると不意に娘が言った。
「あのね、今日ね。美咲ちゃんのパパのお仕事はね、ケーキを作ってる人なんだって。パパとママは何のお仕事してるの?」
 そう言えば、そんな話はしたことが無かったような気がする。ついに、仕事のことについて話す時が来るなんて、驚きと喜びと少しだけの寂しさが、じんわり体中に広がった。
「ママはね。銀行っていう所で、お金を預かったり、色んな人に貸してあげたりするお仕事をしてるんだよ~」
「そうなの~。お金のお仕事か~。」
「パパはね。そうだな~。来月来るサンタさんと同じかな。みんなにプレゼントを運んだり、大事な荷物をお家まで届けるお仕事だよ~」
「凄い!パパはサンタさんなの⁈」
「う~ん。まあ、サンタさんのお手伝いって感じかな?」
 目を大きく見開いて、興奮気味にこちらを見る娘にとってサンタさんのお手伝いはとても凄い仕事のようだ。だいぶ良く言い過ぎたような気もするが、まあ来年か再来年にはどういうことかちゃんと伝えよう。
「ほらお休み、明日は朝しかパパと遊べないんだから早く寝なよ~。」
「パパどこ行っちゃうの~?」
「優香が生まれる前から知ってるパパの友達に会うんだよ~」
「そっか~。じゃあパパと朝遊ぶから早く寝る。おやすみ」
「おやすみ」

 「じゃあ行ってきます」
「楽しんできてね~」
 そう言って、可愛い二人に送り出されて俺は五年くらいぶりの同窓会に向かった。
 スーツを着て、同窓会の会場に集まる。そこそこ大きなパーティー用の会場で、小さなバーカウンターもあって、ビールやハイボールなどの定番のお酒は飲み放題だった。
 ほとんどは久しぶりに見るやつらばっかりで、とりあえず仲が良かった奴にもそうでないやつにも近況を聞く。
 五年前に合った時とは、違う仕事をしてるやつもいたりして面白い、アート系もいれば音楽系もいて、美容系、イベント会社、大学で研究を続けてる奴、大手の会社で相変わらず頑張ってる奴、同じような職業の奴は少なくてみんなそれぞれの仕事を楽しそうにやっているみたいだった。
 仕事の話以外では、家族の話になることも多かった。俺よりも結婚が早かった奴は、もう子供が小学生なんてやつもいた。
もうあと二年もすれば優香も小学生か。受験がどうとかいつの間にかそんな年齢にもなるのかもしれないな~。まだなってもいないのに話を聞いているだけで、嬉しさ半分寂しさ半分のそんな気持ちになった。
 代わる代わるその場にいた何人かと適当に話をしながら飲んでいるとだいぶ良い感じになってきているのが分かった。高三の時に担任だった先生なんかもいて、パパちゃんとやれてんのか?なんていわれたりして、懐かしさいっぱいの会だった。
 集まった時間が早かったため、同窓会が終わってもまだ丁度夕方が終わるくらいの時間だった。そこから当然二次会が始まり、仲の良かったメンバー十人ほどで集まった。
 何年たっても、みんなで集まると高校生の時の雰囲気が出てしまう。しょうもない話や、昔の恥ずかしい話なんかが掘り起こされては、誰かがまたそこから違う話をし始める。適当に席を変わりながら、飲んでは食べてを繰り返し、いつの間にか終電の時間が迫って来ていた。
「勇人、お前めっちゃ酔ってるけどだいじょぶか?」
「だいじょぶに決まってんだろ、俺はサンタさんなんだから空飛んで帰るよ」
「今日はその話ばっかりだな~。じゃあ、ソリが来るの駅で待ってろよ~」
「ああ、クリスマスは楽しみにしとけよ、しょうがないからお前らにもプレゼント届けにいくからよ」
「マジかよ。楽しみにしてるからな~。言質取ったぞ~」
「おう、楽しみにしとけ~」
「気をつけて帰れよ~。最悪、奥さんに最寄りまで来てもらえよ~」
「だいじょぶだよ~。じゃあな」
 そう言って、俺は他の奴らと別れた。奥さんとか言うから、なんだか急に声が聞きたくなって電話してしまった。
「どうしたの?」
「別にどうもしないけど、なんとなく声聞きたくなったからさ」
「ずいぶん楽しそうだね」
「そう? 自分じゃわからんわ」
「寒くなって来てるんだからちゃんと電車乗って帰って来てよ」
「分かってるよ。じゃあ」
 そう言って電話を切った。終電に向かって走る人たちを追いかけて走る。自分で思っていたよりもだいぶ酔っているらしい、思うように真っ直ぐ走れない。所々にあるガードレールに手をかけて支えてはまた歩き出す。ガードレールから、手を放して走り出したとき後ろから大柄の男がぶつかって来た。謝りもせずに駅の方へ走って行った。ぶつかった衝撃でふらふらと、車道に出て転んでしまった。
(せっかくいい気分だったのに)
 冷たいコンクリートに手を着いてゆっくり立ち上がると、急に眩しくなって前を見ていられなくなった。すぐそこで車のクラクションの音が長く響き渡ったような気がした。

 つい三日前、飲み過ぎた勇人が楽しそうに笑顔で別れていった時のことを鮮明に覚えている。最近、自分の仕事を娘に上手く言い過ぎたとか、娘が可愛くて仕方ないとか、そんな温かい話ばかりしていたくせに。そんな大切な人たちを、泣かせてるんだぞ。襟首をつかんで、そう言ってやりたくてももうできない。
 棺桶の中で、目を瞑り冷静な顔をしている勇人は何故か満足そうに見えて、それがどうしようもなく悔しくて、やっぱり今すぐにビンタしてたたき起こしてやりたいとそう思った。
 娘の優香ちゃんは、勇人のお義母さんに連れられて、式場の外の椅子で不安そうな顔をして座っていた。五歳なのに、だいぶ大人な子だと思った。ただ大人しく椅子に座って、式場に入っては出て行く大人たちを見ていた。涙を流している大人もいるのに彼女はただ、冷静にその場にいた。冷静なわけではないのかもしれない。もう泣き疲れて座っているのがギリギリなのかもしれなかった。何度も手で擦ったからか、薄赤く腫れた目を見てそう思った。

 冷たい冬が過ぎて、夏のお盆休みが来た。他の友達とは日が合わなかったこともあって、お盆の終わりに勇人の墓参りに行った。
 両側に大きな木が立ち並ぶ通りを抜けて、お寺の駐車場に車を入れた。駐車場を出て坂を下り、三重塔の横を通ってまた坂を上る。生き生きと生い茂る森が、冷たく切り取られた墓石の奥に広がっているのが、奇妙なようにも、落ちつくようなようにも見える。
 石畳を道なりに奥まで進んで、右に曲がるとそこには勇人の墓があった。
 勇人の墓にはもう何人も人が来ているようで、花や線香缶コーヒーなどがいくつか置いてあった。俺も花とコーヒーを置いて手を合わせて、その場に止まる。
 墓石や骨が何かを話すわけでもないのに、手を合わせるこの意味は何なのか未だによく分からない。お化けとか不運とか呪いとか、そんなものがあるなら、体張って奥さんと娘ちゃんにだけは降りかからないようにしろと、心の中でそう言った。
 目を開けて、柄杓の入った水桶を持ち来た道を帰ろうと目線を上げると、疲れた表情の母娘が目の前に立っていた。

 そばを食べ終えると、優香ちゃんはお座敷の座布団で横になって眠りについた。
「半年ぶりですね」
「そうですね」
「お疲れですよね」
「なんだかバタバタで、休む暇も取れなくて、少し疲れてます」
 そう言って、疲れが透けて見える笑顔を見せた。大将がそばを打つ音が、静かな店内に響いていた。
「優香ちゃんの様子どうですか?」
「あの日から、表情がいつも暗くて…。笑顔ももう見てないんです」
「……。そう、ですよね……。」
「私が、もっとしっかりして、この子を支えてあげなきゃいけないんですけどね」
「いや、十分頑張ってると思いますよ」
 そこからは、もうその話からは離れて、なんでもない話をしていた。たわいない話をすれば、とりあえず時間は止まらずに流れる。しかし、何か意味のある時間が流れているわけではなくて、打算的でその場を過ごすためだけの時間が過ぎる。別になにか発展したことも向こうの気持を楽に出来たわけでもない、そんな空の時間が過ぎた。
 二人を駅まで送った後、運転しながら考えていた。俺に何かできることはないか。
 二人の人生を助けられるほど、大きな責任を持てるわけでもない。大したことはきっとできない。それでも何かできないか。自分が何者でもないことをこれほど悔やんだことは無かった。
 二人の笑顔と心を取り戻せるのは誰かと、そう考えればやはり、石に刻まれたあいつの名前が思い浮かぶ。
 中高と同じ学校で、あいつはいつも楽しそうに過ごしていた。思えばいつもくだらないことばかりしていた。それが楽しくて、離れてからも話しているだけで自分の暖かさを掘り起こしてくれるような男だった。
 娘の優香ちゃんが生まれてからは、彼女の話が多くなった。最後に話したときだって……。 
 そうだ、そうしよう。どれだけできるか分からないけれど、やれるだけやってみよう。そう思って、高校の同級生のライングループにメッセージを投げた。

 「今日は集まってくれてありがとう。はっきり言ってこんなに集まってくれると思わなかったから、嬉しいよ。時間もないから早速始めよう」
 クリスマスの日に、勇人の奥さんと娘にプレゼントをしたいと思った俺は、何かできることはないか知恵を集めることにした。
 ズームには総勢五十人ものメンバーが集まった。ズームに参加できなかったメンバーも、意見を出してくれそうだし、何かあったらみんな協力してくれると言ってくれた。
 高校の文化祭を思い出した。それぞれが、それぞれの立場で役割を達成するために頭をフル回転させる。
プレゼントっていうくらいだから何か物が良いかな?
いや、ものあげても何が良いかは分からなくない?
二人に特別感をあげたいよね~。
私なら、お昼に会って~。その後ご飯で~。
確かに、ディナー良いかも~。
でも、ディナーってさ、なんかちょっといい服とか着なきゃいけなくないか。
確かにそれはあるよな。
まって! それならちょっと聞いてみる!
お~。じゃあ場所はどうしよっか。
どうせならここはどう? 
めっちゃいいじゃん! センスある~。
どうせならプレゼントは演出欲しくね。
ならそこは俺らがやるわ、技術は任せろ。
じゃあ、全体の演出考えるのは任せて~。仕事柄色々知ってるよ~。
 いつの間にか、時間は過ぎて、深夜二時を回っていた。
「じゃあ、とりあえずほぼほぼ大枠は決まったかな。忙しいのに本当にありがとう。じゃあ、今後は何か他にも細かいアイデアとか相談があれば俺に送ってください。ラインでも意見求めることもあると思うので、よろしく」
 ズームを解散すると、改めて温かい気持ちが溢れてくるのが分かった。とにかく、体中が安心感か感謝か、そんな大きな気持ちで満たされていく感じがした。

 あっと言う間に三か月は過ぎて、街ゆく人の格好は、半袖からコートへと様変わりしていた。
 ピンポーン。
「時間丁度ですね」
 そう言って、勇人の奥さんはドアを開けた。
 部屋に入ると、綺麗に整理されてあまり物がないリビングに通された。リビングに入ると、傾き始めた西日に照らされた優香ちゃんがソファーに座りながら絵本を開いていた。優香ちゃんの前にしゃがんで言った。
「今日は、優香ちゃんのお父さんから手紙を預かって来てるんだ。一人で読めるかな?」
「まだ読めない字もある」
「じゃあ、おじさんが代わりに読むね。」

優香へ
今日は、サンタさんは大忙しの日です。だから、パパもサンタさんのお手伝いをしています。もしかしたら、パパのことも見えるかもしれません。
パパはいけないかもしれないけど、ママと沢山楽しんでください。

                           優香が大好きなパパより

 「パパに会えるかな?」
「少しは会えるかもしれないから、ママと一緒に今日はお出かけしようか」
 小さく頷いた彼女を連れて、マンションの外に出た。何も知らない二人は、マンションの入り口を出てとても驚いた様子だった。
 それもそうかもしれない、目の前に長い真っ白なリムジンが停まっていて、しかもそれに乗るというのだから。
 ドアを開けて中に入る、お洒落な間接照明に照らされた非日常空間に、終始二人は圧倒されていた。子どもの表情は素直だ。まさに開いた口が塞がっていない。
 少しずつ落ち着いてきて、暗かった表情も明るさを取り戻してきていた。
「これからどこに行くの?」
「そうだな~。優香ちゃんはシンデレラ知ってる?」
「本で読んだよ、魔法でお城に行くんだよ」
「よく知ってるね。じゃあ、シンデレラお城に行く時に馬車の次は何が必要だったかな?」
 また、口を開けたまま優香ちゃんは驚いていた。
 広い部屋に様々なドレスやバッグ、アクセサリーが所せましと並んでいる。
「すっごーい!」
「馬車の次は、ドレスだよね」
 服の陰から、美容担当のメンバーが五人出てきた。
「やだ~。勇人の奥さんも娘も可愛い~」
「さて、お姫様になる準備はできてる?」
 そう聞かれて、目を輝かせながら優香ちゃんは答える。
「うん!」

 ドレスアップした二人を乗せて、リムジンは日が落ちた東京を走って行く。向かうのは、下からだと首が痛くなるほど見上げなければいけない場所だ。東京で最も空に近いレストラン。スカイツリーの中にあるその場所が今夜の終着点。
 世界でも有数な東京の夜景を、全て足元に敷いてディナーが始まった。真っ白なテーブルクロスの上に、フレンチのコースが少しずつ置かれ、ゆったりとした優雅な時が流れだす。世界でも一・二を争うと評される日本のフレンチを母子は堪能していった。
 永遠に感じていたいような特別な時間は、少しずつ終わりを告げる時間に近づいて行った。最後のデザートが運ばれてくると、優香ちゃんは少し寂しそうな顔をしていた。
「ママ~。パパ来ないね」
「そうだね。お仕事が忙しいのかもね。」
 奥さんは、夢から覚めたように、少しだけ美しくも悲しい笑みを浮かべた。

「今もう始めよう」
「プランでは、デザート食べて最後にだろ」
「いや今だよ」
 スーッと間接照明が消えて、鈴の音がレストランに響き渡った。
 雲一つない月明かりが部屋全体を薄く照らしている。母娘の前を白いソリの影が通り過ぎる。ソリが通った後には、白い光の線ができては、ぼやけて消えて行く。
「パパ!」
 そう言って、小さな指はソリを指した。屋根の上からトナカイに引かれて降りてきた少し透けた白い影は、窓の向こうにゆっくりと停まった。
 小さな体は、少し高い椅子からぴょんと飛び降りて、窓の外に近づいた。
「おい、だいじょぶか?」
 聞こえないように俺はそっと言った。
「当たり前だろ、誰に言ってんだ。あの内側の硝子柵までだったら歪まないで見える設定になってるよ」
「パパなの?」
 そう話しかけると、白い影はソリの上に立ちあがって言った。
「久しぶりだね。優香」
「パパ~!」
「ママも久しぶり」
 ハンカチを口元に当てながら彼女は、小さな娘の隣にしゃがんだ。
「パパ帰って来るの?」
「ごめんね優香。パパはみんなにプレゼントを配らなきゃいけないから帰れないんだ」
「そっか」
「おい! 泣いてる場合じゃないって、この先はほぼアドリブなんだから、早く打ち込めって! 会話が止まってるぞ」
 そう言われて、鼻をすすりながらキーボードを叩く。
「でもね。今年からは毎年、必ずパパからクリスマスの日にプレゼントを贈るから、楽しみに待っててね」
「でも、パパ帰ってきてよ」
 涙ぐんだ声で、小さな体から絞り出すようにそう呟いた。
「ごめんね優香。かわりに、パパの大切な帽子を優香にあげる」
 そう言って白い影は帽子を外してパチンと指を鳴らした。すると、さっきまで食事をしていた斜め後ろのテーブルが、ライトで照らされ窓に映った。軽い物が落ちた音がして、照らされた真っ白なテーブルクロスがふわっと風になびいた。
 小さな彼女は、走ってテーブルの下を見た。すると、綺麗に包装された赤と緑の箱が一つ置いてあった。中には、絵本の中で見た赤と白の帽子が入っていた。
「パパ! ありがとう」
 白い影はゆっくり頷くとソリに乗り込んだ。
「優香、今日は楽しかった?」
「うん」
「パパはいつでも優香のこと見てるからね。それに毎年必ずプレゼントを贈るから」
「分かった!」
 涙の痕が少し残った笑顔で小さな彼女はそう言った。鈴の音と共に白い影のトナカイ達とソリは、夜空に吸い込まれて行った。
 段々と遠くなるその姿が消えても、二人は静かに窓の外に広がる空を見つめていた。

「プレゼント来た~」
「私も~」
「よかったね~。二人ともいい子にしてたからじゃない?」
 そう言って、リビングには明るい声が響く。
 ピンポーン。お昼ご飯を作っていると玄関の呼び鈴が鳴った。
「ちょっと出て~」
 夫が玄関から戻ってくると、子どもたち二人が夫の方に向かった。
「パパ~何それ?」
「ママにだって、何だろうな?」
 温めていたスープの火を止めて、自分あての段ボールを開けにいく。開けると、中には箱のプレゼントが入っていた。
「ママにもプレゼントあるの?」
「そうだよ~。言わなかったっけ? ママのお父さん。二人のおじいちゃんはサンタさんだからママには特別に来るんだよ~。二人にもずっとプレゼント来るかもね」

クリスマスの朝は、柔らかく暖かな空間が沢山の家に広がっている。
小さな奇跡も、大きな奇跡も、誰かが起こした奇跡も、神様が起こした奇跡も、どんな奇跡もきっと同等に美しくきらめいている。

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