小さな勇気
SACHI(高2)
わたしのお部屋は薄暗い。でも、真っ暗じゃない、ちょうどいい暗さ。あったかくて居心地もいい。影は動いてて、たまに明るくもなるんだ。小さな翼を伸ばすとちょっと狭いけど、それでもあったかくて優しくてここが好き。怖いものも何もない、わたしを守ってくれるちいさなわたしだけのお部屋。でもね、最近音が聞こえるの。
「コツン、コツン」
あっほら、また。きっと誰かが向こうで呼んでるの。よくわからないけど、なんとなくそんな気がする。
ここから出たらきっと広い世界がある。思いっきり翼を伸ばしてもどこにもぶつからないくらい。新しいことがたくさんあって楽しいこともたくさんあるかもしれない。だけどね、わたしはまだ怖い。そこは、寒いかもしれない。怖いことがあるかもしれない。痛いことがあるかもしれない。でも、ここなら大丈夫。ちいさく丸くなっていれば、ただ優しさに包まれていられる。
「コツ、コツ、コツン」
また、呼ばれた。怖い。まだ怖いけど、体がムズムズする。新しい世界に行ってみたくて。新しい世界を見てみたくて。初めての仲間に会ってみたくて。よし、決めた。小さな勇気と大きな希望を持って、
「コツン」
初めて壁をつついた。
「パリッ」
小さく空いた隙間から光が差し込んでくる。新しい世界はあったかくて、キラキラしてた。思ったより怖くなかった。ちょっとおっきくなっただけ。今日からここが私のお部屋。

解説
「殻を破る」と言う言葉から思うことを自由に書く、という課題に対して書かれた作品です。
SACHIさんが書いてくれた作品は2つの読み方ができます。ひとつはヒナ鳥の孵化(ふか)の物語。外の世界に憧れる殻の中のヒナが勇気を出して飛び出してくる物語。 もうひとつは、その「ヒナの孵化」を比喩として、自分自身の成長や自立への想いを重ねた物語。もしも後者の意味を込めて書かれたのだとしたら、文章力もさることながら、その構想力の高さに舌を巻きます。
ヒナ鳥の孵化の物語として読んだ場合、ああ、殻の中ってこういう感じなのかもしれないと感心します。「影は動いてて、たまに明るくも」「小さな翼を伸ばすとちょっと狭いけど、それでもあったかくて優しくて」など、広さや光の感じまで、見てきたようです。この場所が好きでずっといたいけれど、外の世界が呼んでいる気配に気づき、怖さを抱えながらも一歩踏み出していく。実に希望に溢れたハッピーエンド。絵本にしたら可愛いでしょうね。殻の中から、外から、ヒビがはいる様子や、ヒナ鳥の表情など、魅力的な絵が次々に浮かびます。もうそれだけで、とっても素敵な作品です。でも個人的にはこの物語が筆者の想いを重ねて書かれたものだとしたら、さらに魅力を感じます。
SACHIさんの気持ちを綴った物語だとしたら、殻の中の安全なお部屋はご両親に守られて安全に暮らしてきた環境そのものでしょう。そこからいつかは飛び出していかなくてはいけないことを、意識無意識は別として感じ始めているのかもしれませんね。いつか自立する自分の姿に想いを馳せて、勇気を持てるようになりたいという小さな希望の発露のようなものを感じました。同時に、このような『あったかくて優しいお部屋』があることの幸せもちゃんと自覚していることを嬉しく思いました。
塾長
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