木と洞 (もくとうろ)

起:KREN(高2)

 とある家族が行方不明になった。その家族は父親と母親、そして高校二年生の女の子と中学一年生の男の子の四人家族で、近所からは仲のいい家族と評判だった。彼らは七月の終わり頃、二泊三日のキャンプをしに都外の山へ車を運転して出かけた。キャンプは夏休みが始まるとすぐに行くのがこの家の恒例行事の一つだった。この年は空前のキャンプブームで人混みを避けたかったのもあって人里離れたところにあるネットで調べてもそう出てこないキャンプ場で自然を楽しもうとしていた。
 家族が出かけて一週間、彼らの家に車が帰ってくることはなかった。近隣の人たちも一瞬不安がよぎったりしたものの、はじめての場所でのキャンプを気に入って延長したのかと思い誰も心配はしていなかった。しかし、二週間たっても三週間たっても、そして夏休みが終わっても車庫に車が戻ってくることはなかった。流石におかしいと思った近隣住人からは通報が相次いだ。そうして行方不明となった一家の捜索は始まった。彼らの車はキャンプ場のある山に一番近い大きめの道路にある監視カメラに映っていたため、山の中に入ったのはほぼ確実だった。だが近くに大きな村や町がなかったため、調査は情報不足で難航し、山の中を大人数で手分けして探すしか方法はなかった。

承:RINKA(中2)

 「お父さん〜まだつかないの〜?」
「うーん。多分この道で合ってると思うんだけど…」
 お父さんは車のナビに目をやりながらいう。
「だから言ったじゃん。いつものキャンプ場のほうがいいって」
「まあまあ。人がいないぶんのびのびキャンプできるし、空気も美味しいだろ」
「そうかもしれないけどさ〜」
 そうかもしれないけど、せめて場所がはっきり分かるところのほうがいいじゃん。と心の中で悪態をついた。
 隣を見ると車の振動でぐっすり寝ている弟と助手席でのほほんと車内でかかっているラジオに耳を傾けているお母さんがいる。本当に着くのか不安になってるのは私だけか、と深いため息がでた。
 窓の外を見ると、さっきから何も変わっていない深い緑が流れている。その深い緑を見ていると、昨日の夜のことを思い出してしまった。

“犬鳴トンネル“

液晶に映し出されたその文字が頭の中を駆け巡る。犬鳴トンネルという都市伝説で有名なトンネルがここの地域にあるらしく、そのトンネルの先は日本国憲法が通用しないらしい。思い出しただけで体が震えた。こんなくだらない都市伝説を怖がるほど精神年齢は低くないが、深い緑が続く薄暗い山道を通っていると不思議と不安になってしまう。これ以上考えないようにするために私は目を閉じた。
 山道特有の不規則な揺れが心地よく、気づいたら私は寝てしまっていた。何分たっただろうか。車が急停車した大きな揺れで目が覚めた。
「こんなとこにトンネルなんかあったかな〜」
 お父さんが首を傾げながらナビを見ている。前を見ると、

“この先日本国憲法通用せず”

と書かれた看板が立てかけられているトンネルがあった。

転:KOTARO(大3)

 赤い文字で書かれたその看板には、日付などは書かれていなかった。しかし、明らかに朽ちかけているその看板は、ここに長年人が来ていなかったことを物語っていた。
「変な看板だな」
 運転席に座る父は不思議そうにそう言った。
「なんだか気味悪くない?」
 助手席に座っていた母もそう言って、二人ともこの看板の異様な雰囲気を感じているようだった。
「いや、でもキャンプ場はこの先だってナビには出てるけどな。あと、五百メートルも行けば着くみたいだしな~」
「そうだけど、やっぱり道間違えたんじゃないの?」
「じゃあ俺だけちょっと、先見てこようかな」
「すぐ戻ってきてよ」
 母がそう言うと、大丈夫と父はそう言って車を出てトンネルの中へと入って行った。
 二人きりの空間で私に気づいた母は、まだ寝ててもいいよとそう言ってくれた。
 山の中で電波もろくに通じない中、父を待っていても父は中々帰ってこなかった。曲がっていて奥は見えないが、それほど長そうなトンネルでもないのに、三十分ほど待っても父が戻ってくる気配は無かった。だが、急に薄暗いトンネルの中から四十代過ぎくらいの、おじさんがこっちに向かって歩いて来るのが見えた。お世辞にも、綺麗な恰好とは言えない見た目で、黒い防水のアウトドアバックのようなものを肩から重そうに下げていた。
「あの~! すいませ~ん!」
 少し声を張りながら、母は車を出てその男の人に近づいて行った。母は男の人と、少し立ち話をするとすぐに私の方に、歩いて来て「ちょっと見てくるね。」とそう言って、おじさんと二人でトンネルの中へと入って行った。
 二十分程した時だろうか、またさっきのおじさんが、今度は両方の肩に黒いバックをかけて重そうにトンネルの奥から、こっちに向かって歩いて来るのが見えた。重さで、少し下に伸びた袋の中身は何か丸っぽいもののようだった。

結 KOTA(大1)

「おじさん、お母さんは?」
 弟が車の窓を開けてそう言う。おじさんは特に何も言わずに、こちらに近づいてくる。表情こそ笑っているものの、ゆっくりと近づいてくるその様子をどこか不気味に思った。
「姉ちゃん、なんか、なんか」
 窓を閉めた弟は怯えながら話し出した。
「うん……。」
 私たちは息を飲んでお互いの表情を確認しあう。形容しがたい底知れぬ恐怖が、二人の肩と背筋を撫でる。枯れた草木を踏む足音が耳に張り付いていく。目を凝らすとおじさんの下げている、バッグから何か液体が滴っている事に気が付く。不気味という直感が不審という感情に代わった。
「何かあったら逃げなさい、生きていたら会えるから」
 父によく言われていたことだ。
 隣に座っている弟の姿を見る。弟は、私よりも脚が遅い。私よりも勉強が出来ない。いつもだらしなく私に助けを求めてくる。恐らく弟を今見捨てて、来た道を私だけ全力で走れば逃げることが出来るだろう。それをすれば、私は一刻も早くこの得体のしれない恐怖から逃れられるはずだ。
 頭に嫌な考えが浮かんでくる。弟を囮にして私だけ生き残る。家族のいない世界で。
 そんな空虚な事はない、きっと今弟を見捨てれば私は後悔の念を辿ることになる。それは嫌だ、私たちは生きるんだ。
 弟にアイコンタクトをして、逃げることを伝えた。弟はお父さんとお母さんの事を気にしてはいたが、私と一緒に逃げることを了承してくれたようだった。
 おじさんから一刻も早く逃げるために私たちは車のドアを勢いよく開けて土の上へと駆け出した。必死におじさんと距離を取るように足場の悪い場所を走る、一心不乱に。後からドンドンと大きな足音が聞こえる、弟の軽い足音じゃない。
 足音が近づいてきた。私の息が上がる。辛い。辛い。追いつかれる。死にたくない。私は生きたい。でも、このままじゃ二人とも死ぬ。気配を感じる。もう無理だ。息もなく聞こえてくる足音はもうすぐ近くに来ていた。その音は私か弟のどちらかが助からない事を淡々と伝えてくる。

 私は数秒後に意識を失った。

「そろそろ着くわよ、起きて」
 母が私の肩を摩っている。やたらと目に入る太陽の光が眩しい。
「なんで?ここは?」
 直前の事が思い出せない。
「何ってキャンプに向かう車の中よ。寝ぼけてるの?」
 笑いながら母がそう言ってくる、父は運転席で微笑をこぼした。そっか、そうだっけ。何か忘れている気がするんだけど。
 私たち家族三人はそのままキャンプ場に付き、焚火やキャンプ料理をした。楽しいはずなのに、何だか楽しくなかった。
「どうしたの?今日ちょっと変よ?」
「そうだぞ、せっかくのキャンプなのにどうしたんだ」
 父と母が心配をしてくる。私は今幸せなはずなのに、なぜこんなに孤独を感じるんだろう。寒い。焚火を浴びながらそう思った。
「何か不満?」
 母が私に呼びかける。
「いや、別に」
「じゃあなんでそんな顔をしているんだ?」
 次に父が呼びかけてくる。
 私は今どんな顔をしているんだ。自分の事なのに自分が一番分からない。どれだけ楽しいと思えるはずの事をしても、穴の開いたバケツに水を入れるように貯まらずに落ちていく。今は幸せなはずだ、幸せなはずなんだ。
「「楽しいでしょ?」」
 両親が問いかけてくる。
「違う」
 自然と言葉が出た。そうだ、違う。私の幸せはこんなものじゃない。私は家族四人で幸せであるべきだ。

 そう思った途端、今見ている世界にひびが入った。遠くの景色が割れたガラスのように、ポロポロと崩れ溶け落ちていく。
「戻るのか?ここにいれば幸せな夢が見ていられるぞ」
 消えかけの父親が聞いてくる。
「違うよお父さん、だってここは現実じゃないんだもん。だから目覚めなきゃ」
「そうか」
 父親は寂しそうに、嬉しそうにそれだけを言う。
「さようなら」
 母親の優しい声を聞いて、私の意識はまた離れていった。

 戻ってきた。私の足は全力で回っていて、体は既に悲鳴を上げている。どうやら走り続けている中夢を見ていたみたいだ。そんな事はどうでもいい、今はやらなければいけない事がある。すぐさま方向転換をしておじさんと弟の位置を確認した。
「振り返らずに走って、絶対に生きて」
 私は弟が聞こえるように叫ぶ。後は、苦しくて怖くて、辛いと分かっている事に踏み出すだけだ。だって私は姉なんだから。
 時間を稼ぐ。私がするのはただそれだけ。出来るだけ長く稼ぐ。弟が生き残れる分だけでいい。
 体をおじさんの方へ突進させる、私は頭を出来るだけ空にした。今から自分の身に起こることを想像したら、怖くて足が止まりそうだから。
 急な突進に怯んだのかおじさんは体をふらつかせた。私は一瞬の隙を見逃さずに追い打ちをかけるように、張り手をする。上手くいった、おじさんは倒れた。その間にやることは一つ。弟と反対の方向へ走った。
 底をつきそうな体力を振り絞って私は走った。ああ、私はなんて馬鹿なことをしているんだろう。自分の馬鹿さに笑えてくる。でも不思議と悪い気分じゃなかった。

 必死に走っていると、車まで戻っていた。遠くからこっちにおじさんが向かってきていることが分かったが、幸いなことに一息つく時間くらいは稼げたようだ。

 ここで死ぬ時に悲鳴を上げたら弟に聞こえちゃうかな、トンネルの向こうなら聞こえないかな。そう思ったら体がトンネルの方へと向かっていった。足元におじさんの持っていた黒いバッグが転がっている、これも持っていこう。私は、二つのバッグを持ってトンネルの方へ歩き出す。
 私は最後の力を出して走る。
 暗くてじめじめとした道を進んだ。
 無我夢中で進むと、トンネルの向こう側にたどり着いた。
 緑が豊かな場所だ、木漏れ日と鳥の鳴き声が心地いい。
 私はバッグを置いてそこに座り込んだ。
 ああ、世界がこんなにも綺麗だって今まで知らなかったな。
 もし願いが叶うなら、弟が私たちの事を忘れて幸せに生きれますように。

「最新のニュースです。行方不明とされていた家族の長男が、ただいま発見されました。発見者によりますと、少年は朦朧としていて、涙を流していたそうです。」




 怖さは想像することで増幅していくものですね。この作品は、読者をそのように仕向けようと意図的に書かれている部分が多くあり、その度に僕はまんまと想像力を働かせてしまいました。

 淡々した口調で語られる「起」は、何かしら事件のニュースを伝えられているようで、早くも嫌な予感を抱かずにはいられません。

 「承」では、のほほんとした家族の様子を見せながらも、ホラー映画や心霊スポットとして知られる地名を出すことで、さらに読者の意識を不吉な方へと向かわせます。

 「転」ではついに事件が起きます。その中で登場するおじさんが肩から下げていたバッグはなんとも不気味でした。お父さんが消えた後には一つだったのものが、お母さんが消えた後では二つに増えている?その中身は丸っぽいもの??でも、それ以上の描写はなく、かえって恐ろしい想像が止まりませんでした。全てが書かれていないからこそ、想像してしまう…怖いです。

 「結」はここまでのお膳立てを受けて、どれほど恐ろしい結末を書くのかと注目しましたが、意外にもそこには救いも用意されてしました。語り手である姉の心の動きと行動を見せられることで、理不尽で悲惨な結末なのにも関わらず、どこか温かい気持ちすら湧いてきたのです。主人公は死の恐怖の中、弟を囮にして自分だけが助かる道を考えてしまうものの、すぐにそれが自分の望みではないと気づきます。そこからは、自分の命のことは忘れているかのように、弟を助けることだけを考えた行動を取ります。そこには短い人生の中でも、家族皆で暮らすことの幸せを感じて育ってきたことや、姉としての責任感や優しさが感じられるのです。非常時だからこそ輝く人の良心のようなものが感じられました。
 夏の終わりに書かれたリレー作文は、塾で書かれるものとしてはとても怖い物語でしたが、それだけでなく人間味が感じられる作品でした。怖さと温かさという矛盾するはずの要素が四人の連携で上手に込められていました。

塾長

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