大丈夫
Misatoさん(執筆当時中3)
いつもより長い。この線路沿いのまっすぐな道がどこまでも続いていくような気がした。雲ひとつない青空にひんやりとした風が吹き付ける。早く着きたいけど、着きたくない。結果は見たいけど見たくない。今日は都立高校推薦入試合格者発表の日。(受かってますように。)私は祈りながら校門をくぐった。張り出された場所の前には、もう人だかりができていた。私は、人だかりをかき分け、ボードが見える場所に来た。右手に握りしめた受験票と同じ数字を探す。次が最後の数字。無かった。私は、期待した分少しがっかりしたが、もともとあまり受かる気がしていなかったため、そこまで落ち込まなかった。
学校に帰り、私立の願書を先生から受け取った。そしてそのまま、私立の出願に向かった。駅に向かう途中、正面から誰かが歩いて来た。私と同じ吹奏楽部の男子だ。いつにも無いくらいに、足取りが軽い。向こうも私に気付いた。すると、走って来て私に
「受かったー。」
と言ってきた。それにムカッときた私は
「あっそう。私は落ちたけどね。」
と半分怒鳴りぎみに言った。すると彼はばつが悪そうな顔をして、足早に学校へ行った。私が少し歩いたところで振り返ると、彼の背中に「うれしい」と書いてあった。私は、駅に向き直り進み始めた。さっきより自然と歩くペースが速くなっていく。さっきには無かったモヤモヤが頭の中を占拠していた。私は思わず立ち止まり、地団駄を踏む。やはり悔しかったのだ。受からないと言われていたし、自分でも思っていた。でも必死に努力したし、たくさんの練習もした。内心、これだけ頑張ったんだから受かるんじゃないかとも思っていた。私は目からこぼれそうになる涙をこらえながら、駅まで走った。
次の日、学校へ行くと、受かった人と落ちた人のテンションの差が明らかだった。
「受かって当然だよ。」
と喜ぶ人もいれば
「落ちて当然だよ。」
と平然とした顔で言っているけど、声が落ち込んでいる人もいれば、誰がどう見ても落ち込んでいる人もいた。私は、平然とした顔を装っていたけど、周りにはばればれだったらしい。同級生や先生など、様々な人に気を使われた。私は、そんな自分が嫌になって、思わず教室を飛び出した。でも行き先も特に無かったから、廊下をぶらぶら歩いていた。
「大丈夫?」
いきなり後ろからぎゅっと抱きつかれた。驚きながら振り返ると、同じ吹奏楽部員であり、私の親友の女子が心配そうな顔で見ていた。実は、彼女も推薦で受かっている。いつもなら、足音とかで気付けるのに全く気付かなかった。それだけ私が上の空だったということだ。彼女の奥に目を向けると、昨日の彼も一緒だ。ここに学年に三人しかいない吹奏楽部が集合したのだ。吹奏楽部には、今年からの新ルールがある。そしてこの時、そのルールが私に重くのしかかっていた。そのルールは、『高校が決まった人から部活に戻れる』というもの。二人の高校が決まった今、部活に戻れないのは私だけ。この事実が私と二人の間を気まずくさせる。私が黙っていると、
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。」
「うん。絶対大丈夫。」
二人が気を使っているのはばればれだ。だから、この『大丈夫』という言葉が傷口にしみて痛い。また少しの沈黙。その時、彼女は何かを思いついたようだった。彼女はにやにやしながら
「ほらっ。いつもみたいにしゃきっと立って。」
と私の背中を叩く。
「そして笑う。」
彼女が私のほっぺたをつまんで引っ張る。
「そうすれば、大丈夫!」
ほっぺから手を離した。さっきの大丈夫とは違う、頼もしい『大丈夫』。私は自然と笑顔になった。それを見た二人は、すっと私の横に並んで、声を合わせて言った。
「音楽室で待ってるから。」
この一言が不安という暗闇のどん底に沈んでいた私を、まぶしい光の中へと引き上げてくれた。(そうだ。こんなところでへこんでいる時間がもったいない。早く、二人に追いつかなきゃいけないんだ。)全てが吹っ切れた。私は
「ありがとっ。」
二人の背中を思いっきり叩き返した。今なら空も飛べるんじゃないかと思うくらい体が軽い。私はそのままの勢いで外に駆け出した。そして、澄み渡る青空の下に誓った。次の受験では絶対に合格して、二人が待っている音楽室のドアを笑顔で堂々と開けてやると。

解説
過去の「ほろり賞」作品を紹介するシリーズ第一弾は、受験シーズン真っ只中に読んでいただくに相応しい作品です。受験の結果がまだ出ない時期の中学3年生の揺れる気持ちがあまりにも真っ直ぐに書かれています。
『雲ひとつない青空』と『澄み渡る青空』。物語は青空で始まり青空で終わりますが、冒頭で吹き付けていたひんやりした風はエンディングには吹いていません。また『絶対大丈夫。』と『そうすれば大丈夫!』の二つの大丈夫は同じ言葉でも主人公の心には真逆の言葉のように響いています。さらには『私は〜駅まで走った。』『思わず教室を飛び出した。』『私はそのまま〜駆け出した。』のように抑えきれない感情に満たされると主人公はどこかへ飛んで行ってしまうのですが、前の二つは悲しみや辛さ、三つ目は喜びや希望というように、反対の感情によるものです。これらのように同じ言葉や行動を書きながら、全く異なる感情を表現するという何とも高度で憎らしい工夫がなされていますが、それらには技術を見せようとする嫌味がなくて、むしろ自然でさりげなく行われています。よって主人公のキャラクターを伝える上でも、抱えているプレッシャーの大きさを伝える上でも実に効果的です。この作品にはその他にも、自分の弱みを隠さず書ききっている点や、主人公の友人が魅力的に描かれている点など、触れたいことがたくさんありますが、スペースの都合でこれくらいにしておきます。筆者は当時中三という難しい時期に物事に対して正面から向き合い、悩み、乗り越えることで作文においても急激に伸びた印象がありました。この作品は、筆者のそんな急成長の集大成のようなものでした。
塾長

