ずっと
MIYUさん(執筆当時小6)
私が三歳の時。お父さんとお母さんが仕事で保育園に迎えに来られなかった時には、いつもおばあちゃんが迎えに来てくれた。そうすると、私はうれしくて、ピョンピョン飛び跳ねながら玄関に向かった。その後は、少しヨボついたおばあちゃんの冷たくて温かい手に包まれて、おばあちゃんの家に行く。いつも古本屋で立ち読みをして。
私が六歳の時。おばあちゃんと一緒におばあちゃんの家の近くにある公園に行った。夕方までたっぷり遊んだ。その間おばあちゃんは、にこにこしながら見ていてくれた。
私が十歳の時。おばあちゃんに頼んで、近くの豆腐屋さんに連れて行ってもらった。買った豆腐は夜のみそ汁に使った。みそ汁は、冬の寒さに温かくしみこんだ。
今。私が十二歳。おばあちゃんは年々わずらっていた認知症で、すぐにものを忘れたりするので、私の学級を何度も何度も聞いてくる。それで時々イラッとして、ぶっきらぼうになってしまう。でもすぐ後悔する。それでもおばあちゃんは優しく、あみものを教えてくれる時もある。(あみ棒の持ち方からマフラーのあみ方まで。)だから私はどっちが本当のおばあちゃんなのか分からなくなる。でも、どっちも私のおばあちゃんで、これからも私のおばあちゃんだ。十年、二十年後も。

解説
この作品を書いてくれた当時、MIYUさんは小学6年生でした。
読み進めて最初に心が止まるのは、三歳の記憶にある「少しヨボついたおばあちゃんの冷たくて温かい手」という表現です。冷たいのか、温かいのか。普通ならどちらかに決めて書きたくなるところですが、MIYUさんはそれを矛盾のまま、当時の「感触」として、さらっと書いてしまいます。これは技術で書けるものではありません。彼女の世界の見方、あるいは彼女とおばあちゃんが重ねてきた時間の「手触り」そのものです。
それから九年。十二歳になったMIYUさんは、おばあちゃんの認知症という現実に直面しています。何度も同じことを聞かれ、ついぶっきらぼうになってしまう自分への嫌悪感。一方で、昔と変わらず優しく編み物を教えてくれるおばあちゃんの姿。
「どっちが本当のおばあちゃんなのか分からなくなる」
この一文には、小6の少女が背負うにはあまりに切実な葛藤が宿っています。しかし、彼女はそこでも無理に整理をせず、「どっちも私のおばあちゃんで、これからも私のおばあちゃんだ」と、矛盾した現実を丸ごと抱きしめてしまいます。
三歳の頃に握った「冷たくて温かい手」をそっと受け止めた心は、九年後、認知症という複雑な現実を受け入れるための「優しさの土壌」になっていたのかもしれません。
塾長
前回の『ほろり賞』紹介はこちら:あの頃の味|CHIKARA君
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