「思いがけないプレゼント」
MISAKI(高1)
起
はぁ……。家に帰ってから何回目のため息だろうか。最近ずっと忙しくて帰ってくるのは遅いし朝も早い。疲れた。早くお風呂入って寝よ。
「おはようございます。」
朝九時園児たちが続々と登園してくる。子供は朝でも寒くても元気だ。走ってやってくる子もいるしママがいいと言って大泣きしてる子もいる。
「せんせーおはよー」
「ゆうた君おはよう。あれお父さんは?」
「うしろー」
そう言いながら薄いTシャツ一枚で教室に入っていった。寒くないのかな。さすが子供。
「先生おはようございます。」
ゆうた君のお父さんが少し汗をかきながらやって来た。
「おはようございます。今日も元気そうですね。」
「見ての通りすごい元気です。クリスマスイブでテンション高くて。すいません。あ、時間。すみません、今日もよろしくお願いします。迎えはいつもと同じ時間に来ます。」
「はい。お預かりします。」
クリスマスイブか。まぁ彼氏もいないし一緒に過ごす友達もいないし明日も朝から仕事だし今日もかえって寝るだけかな。クリスマスっぽいことと言えば今日園でやるクリスマス製作くらいかな。少しだけ寂しいような気もするけどそんな気持ちは気付かないふりをしている。
承
午前十時。
「今日は何の日ですか?」
「くりすますいぶー」
全員が口をそろえて言った。
「そうです。クリスマスイブです。なので今日は紙皿でクリスマスリースを作りたいと思います。」
一通り製作の手順を説明し終わり、子供たちは手を動かし始める。
「せんせーきれないー」
「せんせーぼんどこぼれた」
あちこちから呼ばれる。
「もう少し待っててね」
副担任のなつき先生と二人で対応する。何回も立ったりしゃがんだりで足も腰も午前中ですでに悲鳴を上げている。
「せんせーみて」
呼ばれた方を振り返ると色塗り途中の紙皿を見せてくれる。
「おぉ上手だね。綺麗に塗ってるね。」
「でしょー。わたしね、いろね、ぴんくなの。かわいいでしょー」
「うん。ピンク可愛いね。ピンク好きなの?」
「ううん。わたしはみずいろがすき。ぴんくがすきなのはまま。これつくったらあげるんだ。」
「そっか、優しいね。きっとママ喜ぶよ。」
子どもは凄い。よく見てるし覚えている、とこの仕事をしていてよく思う。クリスマスといえば緑や赤のイメージだがそれに全くとらわれずに作る。それに製作をしているとほとんどの子がママやパパにあげると言って作るのだ。
真剣に色塗りをしていたゆうた君がふいに顔を上げて聞いてきた。
「せんせいはさんたさんになにおねがいしたの?」
「先生のところにはもうサンタさんは来ないのよ。」
「へーおとなのところにはこないんだ。さびしいね。」
子どもの純粋な言葉が心にグサッと刺さる。
外もだいぶ暗くなって冷たい風が玄関に入ってくる。
「ゆうた君お迎え来たよ」
そう声をかけるとお父さんの方へ一直線に走っていった。
「みて―りーすつくった」
「おぉそうか。青いリースなんてかっこいいな。」
「これぱぱのね。」
そう言ってパパにリースを渡してすぐ教室に戻り帰りの準備を始めた。お父さんは少しびっくりしている。
「製作の時からお父さんにあげると言って作ってましたよ。パパは青が好きなんだって皆に言って回ってました。」
「そうなんですか、よく覚えてるんですね。青が好きなんて一度くらいしか言ったことないんですけどね。」
転
最後の園児を 見送ってほっと一息つく。あと少し。教室に戻ってなつき先生と掃除と片づけを終わらせた。職員室に戻って今日の記録をつける。終わったぁ。伸びをしているとふいに隣から手が伸びてきた。
「お疲れ様です。これ今日クリスマスイブなんでどうぞ。」
そう言ってちょっといいとこのクッキーをくれた。
「ありがとう。ごめんね、私何にも持ってきてないや。今度お返しするね。」
「全然いいんです。いつも助けてもらってたくさん勉強させてもらってるんで。私先生みたいな人になりたいんです。」
「私?そんなそんな。でもありがとう。今日は早く帰ってお互いゆっくりしようね。」
「はい!お疲れさまでした。」
「お疲れ様―」
うわぁ、きらきらしてるな。まぁ私にはクリスマスとか関係ないけど。社会人になっていつからかクリスマスはただ町がキラキラしてクリスマスソングが流れているだけの行事になった。今年も家に帰って一人でご飯を食べて寝るだけ。プレゼントを贈り合う相手も一緒に過ごす相手もいない。毎年のこと過ぎて誰かと一緒に過ごしたいとも思わなくなった。それにクリスマスだからといって仕事が休みになるわけではない。明日も子供たちは朝からやってくる。もちろんその親御さんたちも仕事に行く人が大半だ。世の中のお父さんとお母さんは凄いと思う。そんなことを考えているとおしゃれな洋菓子店が目に飛び込んできた。さっき後輩にお菓子もらったしな。せっかくだし少し寄ってみるか。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
店員さんの明るい声とクリスマスのBGMに迎えられた。店内の棚をじっくり眺める。サンタに雪だるま、クリスマスツリーまで。クッキーもクリスマス仕様になっている。どれにしようかな。これはなつき先生に返すだけでいいのか?明日の朝職員室にはほかの先生も沢山いるだろうし他の先生にも買って行くべき?いやでも……。うーん。どうしよう。
「あのぉお客様。何かお困りですか。」
急に声を掛けられてびくっとなる。悩んでいたらだいぶ時間が経っていたようだ。
「明日職場の人たちに何か持って行こうかと思って。」
「素敵ですね。人数はどのくらいですか。」
「ざっと二十人くらいですかね。」
頭の中に保育園の先生たちの顔を思い浮かべながら答える。
「そうですね、そしたらこのクッキーセットとかはどうですか。二十五個入りですよ。」
「じゃあそれにします。」
気づいたら明日先生たちにクッキーを配ることになっていた。
「ではお会計こちらでお願いします。」
財布を取り出しながらレジ横の焼き菓子が目に留まった。
「これもお願いします。」
マドレーヌを一つ取ってレジに置く。これはなつき先生にお返しとして渡そう。
「ありがとうございました。」
クッキーセットとマドレーヌをしっかり買って店の外に出る。ふとスマホの時間を見るともう家についているはずの時間だった。帰ろう。駅前のイルミネーションで足を止めている人たちを横目に見ながら家へと向かう。住宅街に入ると一気に暗くなり街灯の明かりだけが点々と続いている。園を出てから一時間半。やっと家に帰って来た。いつもならこの半分の時間でつくのに。遅くなっちゃった。そんなことを思いながらもクッキーの入った紙袋を見て少しうれしいような気持になる。クリスマスに何かを渡すなんて十年ぶりくらいのことだ。いつもと同じように高速でご飯を食べお風呂に入る。そして明日をちょっとだけ楽しみに思いながら布団に入った。
結
「おはようございます。」
そう言いながら職員室の先生たちに昨日買ったクッキーを配っていく。
「おはよう。昨日はクッキーありがとね。これお返しにと思ったんだけど良ければ食べてね。」
そう言って昨日買ったマドレーヌを差し出す。
「おはようございます。」
子どもたちが続々と登園してくる。あちこちで
「さんたさんになにもらった?」
「わたしおにんぎょうさんもらったの」
「わたしえほんもらった」
というような会話が飛び交っている。
「せんせーおはよー」
相変わらず薄いTシャツのみのゆうた君が登園してきた。いつもなら走って教室に入るのに今日はこちらを向いて何か言いたげな目をしている。
「ゆうた君どうしたの」
「これ。あげる。おれ、さんたになるから」
そう言って私に折り紙で作ったサンタを押しつけて走って教室に行ってしまった。ぽかんとしていると後ろからゆうた君のお父さんがやって来た。
「ゆうた昨日の夜先生にサンタあげるって急に言い出して作ってたんです。にしても渡し方が……すみません無理やり。」
「いえいえ。無理やりなんてそんな。嬉しいです。年中さんっぽく照れてましたね。」
「あんなに照れてるの初めて見ましたよ。では今日もいつもと同じ時間に迎えに来ます。」
「はい。お預かりいたします。」
ゆうた君のお父さんを見送ってからサンタの折り紙をじっくりと見る。目や鼻、ひげまでしっかり描かれている。可愛いな。大事にポケットの中にしまう。家に飾ろう。
今年は思いがけないところでクリスマスプレゼントを二つももらってしまった。クリスマスにこんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。心の奥がぽかぽかとしている気がする。
クリスマスに向けて「サンタクロースがいる世界観のもとでハッピーエンドの物語を書く。また読者の対象年齢を自分で決めて書く」と言う条件で書いてもらいました。
MISAKIさんが書いてくれたのは大人向けの物語。
『対象年齢:大人向け』と書かれたMISAKIさんから届いたメールの文字を見た時は、ちょっと大人っぽい恋愛ものとか、キラキラしたお仕事ものとか、いずれにしても高1女子が憧れるクリスマスの場面が登場するのかな、などと思ったのですがとんでもありませんでした。物語にあるのは、まるで大人が書く大人の世界。クリスマスだろうと誕生日だろうと仕事はやって来るし、同じことを繰り返す中でワクワクすることも忘れてしまうような世界です。主人公の「少しだけ寂しいような気もするけどそんな気持ちは気付かないふりをしている。」と言う言葉が刺さりました。それにしてもこの一文はもう既に何年かお仕事してきた方の言葉のようです。そしてそんな毎日の中で描かれる出来事だからこそ、「明日をちょっとだけ楽しみに思いながら布団に入った。」と言う一文が心に沁みました。乾いた心が潤っていくような、優しさに包まれているような、なんとも温かくて幸せな瞬間だよなぁと。僕自身も忘れていた大切な感覚を思い出させてもらいました。
塾長