安心感のピースサイン
MISAKI(中3)
「それでは三年三組は始めてください。」
舞台上に緊張が伝わってピリッとしている。その時、なのが全員の前に立って笑って、デクレッシェンドクレシェンドの合図をした。一瞬で皆の緊張がほぐれたのが伝わった。腕が上がる。足を少し前に出す。ピアノに合図が出た。伴走者の指が動き出す。両手が振りあがった。歌いだす。練習中に何回も練習したところ。なのを見るとたくさん頷いてくれる。今までで一番うまくできた気がした。小さくても歌詞をしっかり歌うところ、だんだん大きくしていくところ。練習中にみんなで歌詞の意味を考えたりしたことが歌いながら頭を駆け抜けていく。最後。ちゃんと十一拍のばしきって一曲目の課題曲が終わった。
指揮者と伴走者が入れ替わり自由曲の準備に入る。せいちゃんが指揮者の台の上に上がってこっちを向いた。笑って、大丈夫。というようにうなずいてくれる。シとソの音が響く。腕が大きく上がった。アカペラから入る。前日までタイミングが合わずバラバラだったとこ。せいちゃんが入るところでうまく合図を出してくれる。過去一うまくできた。一番きれいにそろってハモっている。だんだん盛り上がって最後に向かっていく。これで最後。おそらくもう合唱コンをする機会はない。短く一・五拍。終わった。
「優秀賞。三年三組。おめでとうございます。」
表彰状を受け取った指揮者二人がこっちを振り向いてデクレッシェンドクレシェンドの合図のポーズをしてくれた。
書き出しから「おそらくもう合唱コンをする機会はない。短く一・五拍。終わった。」までの間、読みながら僕はずっと筆者と同じ場所に立っている気分でした。2曲の合唱曲が演奏された数分間、舞台上の自分の立ち位置から見続けた風景と、その場に居たからこそ感じること、思い出すことだけで構成された文章はぶれることなく臨場感を与えてくれました。客席や他の場所からの視点がない分、一つの空間に没入することができたのでしょう。こういう書き方は、誰もがやっているようで、あまり徹底できていないことが多いのではないでしょうか。今更ながら感心しました。
さて、今回のテーマは「しるし・サイン」です。
MISAKIさんが見つけた「しるし・サイン」は、指揮者の二人が皆に送った合図でした。でも、そこに見えるのは単純な楽曲のテンポや強弱を伝えるための合図だけでなく、笑顔や頷くことを通して送られる、優しくて心に響く合図です。誰かに認められること、大丈夫だよと言ってもらえることの心地よさや安心感を素直に表現しているMISAKIさんの文章からは、人の心の柔らかな手触りが感じられます。彼女の文章に時折見え隠れするこの感触は、彼女の持つ、他者に対する柔らかな眼差しや感じ方を反映しているのでしょう。
読後、言って欲しかった言葉をもらえた時の嬉しい気持ちを思い出しながら、僕自身もまた、欲しかったのはこれだったのだなぁ、と気づかされました。
塾長