四旬節
KAREN(高2)
「こう言っちゃ悪いけどつまらないよ、このデザイン。」
二十時間かけて描いた作品に、私が産んだまるで子供のような作品に、彼はそういった。
彼は、NIKEやサンリオなど有名企業のトップデザイナーからジブリの背景画家まで数々の優秀なデザイナーを育成し、デザイン業界に送り出してきた美術大学予備校の塾長だ。この予備校は他のところに比べて生徒は少ないものの、合格率はピカイチだ。毎年、満点合格者をごろごろ輩出している。そこで技術を習得すれば、受験会場で監督官が作品を見た瞬間すぐにその予備校の生徒だと分かるほどに繊細かつ目立つ素晴らしい仕事をこなすことが出来る。
将来、広告デザイナーになりたい。中学でそう思ってから私は美術大学を目指し始めた。中でも倍率が9.5倍と早稲田や東大よりも倍率が高いグラフィックデザイン学科を目標として。
もちろん、この道はかなり険しく、辛い道だ。その理由には倍率以外にも、明確な正解や完全な方法論がないということが挙げられる。つまり、すべては審査員を惹きつけることができるほど魅力的でシズル感のあるデザインを作れるかにかかっているのだ。この魅力を作り上げるためにはプロの目から見た意見が欠かせない。だから、例え彼から厳しくて泣きたくなるような指摘をされても、それを受け止めなくちゃいけない。直していかなきゃいけない。
そうやって、困難を乗り越えた先に夢の始まりがあることを信じながら、今日も私は作品を作り続ける。
今回は「あなたにとっての権威とは?」という問いに対して書いてもらいました。
美大受験合格を目指すKARENさんにとっての今現在の権威は、画塾の先生方、そして試験の審査員の先生方とのこと。誰にでも見える形での答えがない美術の世界では、参考書などを読みながら独学で学ぶのは困難でしょう。当面の答えは、その道での能力・知識・経験を備えたどなたかの中にあるのでしょう。その結果、彼女に道を示してくれる存在として、あるいは彼女の合否を決めてしまう存在として、絶対的な立場にある先生方は権威となり、その意思や判断をKARENさんは認めざるを得ないのです。KARENさんの考える権威は、画塾の先生とKARENさんの関係性や、合格に必要なことを書く中で、きちんと描かれていました。
ただ、それだけで終わらなかったところに、この作文の魅力を感じます。KARENさんは先生の言葉に対して、そのまま従うというのではなく「受け止める」と書いています。そして、受験合格をゴールではなく「夢の始まり」と書いています。つまり、ひたすら権威である先生に気に入られる作品を作ろうとするのではなく、今は先生の力を借りて夢へのスタート地点に立とうとしているけれど、その先に自分自身の作品を作ることは見据えていると感じさせてくれるのです。そこに、叩かれても向かっていく物語の主人公のような熱量と力強さを感じました。
僕は授業の中で、権威という言葉の一般的な意味と併せて、権威と言われる存在の言葉を丸ごと鵜呑みにせず、それを自分の頭で考えることも大切にしてほしい、と伝えました。文章の内容から、そのことも十分理解してくれているのだと感じられました。
最後にタイトルについてですが、四旬節とはキリストの復活祭前の40日間の準備期間のことだそうです。KARENさんは、受験合格までの期間を四旬節に例え、今はどんな困難にも耐え、来る日のためにひたすら作品を作り続けると宣言したわけです。秀逸です。
塾長